2008年7月 3日 (木)

心技体

今回のブログは正直言って、
言いたいことが上手く書けない可能性があることを最初に断っておく。


よく「『心技体』が一体となる」という言葉を耳にする。
特にスポーツ、武道などに用いられる。

しかし私の経験から言うならば、
もともと「心技体」というものは常に一体なのではないだろうか、と思う。


「病は気から」と古来からの日本人は言ってきた。
体と心は常に一体なのだと思う。
そうして、その体と心があって技が備わる。

思うように体が動かないという場合がある。

それは心と体が離れているからではなく、
むしろ心と体が一体だからこそ、産まれる現象なのではないか。

もちろん障害者といわれる方々は分ける必要はある。

天才打者イチローは
「私にとってのスランプは結果が出ないことではなく、
イメージしたとおりに体が動かないこと」と言った。

しかし、私が思うに、逆説的に言うと、
イメージしたとおりに体が動かないことをイチローの心が捉えているということ自体、
それはもう「心技体」は一体であるということの証明なのではないかと思う。

世の中の人間、全て「心技体」は一致しているのではなかろうか。
心が揺れているとき、迷いがあるとき、体も、技もキレが無く、調子が悪い。
体の調子が悪いときは、心は惑い、技も出るはずがない。

一般的に「心技体」が一体となった、と言われている事象は、
それが一般人から相対的に見て、
高いレベルで結果を残せた場合に使われるだけであって、
(または自己の求めるレベルに達した場合)

我ら凡人も常に「心技体」は一体なのではなかろうか。

堕落した人間も心、技、体は堕落したところで一致しているのである。
周りを見渡して欲しい。

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2008年6月30日 (月)

義父の退職祝いとお誕生日会

妻の父が還暦を迎え、退職ということで、
愛知に一家で集まり、お祝いをした。

義弟夫婦、義弟「実質」夫婦と合わせて、
8人でお祝いした。

こうやってみんなで集まってワイワイやるのはホント楽しいやね。

しかし二日酔い。
弱くなってしもた。

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2008年6月24日 (火)

電話応対

電話応対だけで、契約が取れる事が結構ある。

実はとても簡単なんだけど・・・。
 
 
呼び出し音は1回で取り、
「はい!○○でございます!」と元気に明るくハキハキと。

極端に言えば、これだけ。 
 
 
「○○さんと契約したのは、電話応対が素晴らしかったから。」
とおっしゃってくださる方や会社の多いこと。
(それだけじゃあ、もちろんないんだろうけどね。)

裏を返せば、その基本ができていない会社がどれだけ多いか、
ということだ。

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2008年6月20日 (金)

タバコ1箱が1000円になると

ふふ。
どうなるかなぁ。

私は相変わらず吸うだろうけれど、
ひとつの懸念がある。

吸う人が少なくなって、実質減税になる、
なんて話じゃあないのだ。

現在タバコ1箱300円として、
そのうち、税金は189.17円。

つまり、実質の値段は110円となる。

これを増税して1箱1000円とすると、
販売額と実質の値段の差は900円弱。

この差額900円…
誰か気づきますか?

そう、ヤミタバコが増えそうだということを。

タバコ農家に話を持ちかけ、
通常の値段より高い値段で買い取る。

で、通常のタバコより安い値段で売る。

ヤ○ザのいいシノギになりそうな予感。

そういうことをお役人や議員さんは予測しているのかしら。

あと盗難も増えるだろう。

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2008年6月16日 (月)

自然でいよう

モルモットからインスピレーションを受けることが多い。

今日は、「自然のままに生きよう」と思った。

彼らは餌や草を食べ、寝そべり、水を飲み、また寝て。
決してそんな生活をしようというのではない。
(暇すぎて死んでしまう。)

今まで私は、「周りに認められたい」「大きくなりたい」とか、
「でも無理をしてはいけない」
「体を大切にしなければならない」という心の変遷を辿ってきた。

しかし、今日のフィガロの姿を見て、
そうじゃない、「自然の姿で生きよう」と思った。

「無理をしてはいけない」ということを自分に無理強いしていたという矛盾、
「大きくなりたい」という自己満足に過ぎない欲望。

こういったことは捨てるとはいわないまでも、
もう考えることはやめる。
無駄なエネルギーの消費だ。

自然に生きていれば、頑張る。
自然に生きていれば、疲れたら休息をする。

自然に漠然と「世の為、人の為に役立ちたい」と思っていたなら、
それは決して邪な事ではないから、それでいいのではないか。

他人からどう思われようと、私は私なのであって、
それをどう評価されようと、これが自然の私なのだ。

私の持つ強み、弱み、ありのまま出してみよう。

結果として大きな事ができた、世の中の役に立った、
というならそれは素晴らしいことだ。

そして何より、「自然の自分でいる」ということが最大の強みなのかも知れない。

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2008年6月12日 (木)

私の祖父

数年前に亡くなった私の祖父は、暴力団相手の刑事だった。

だから、言葉遣いも汚かったし、家では厳しかったらしい。

一緒に銭湯に行くと、
世話したヤ○ザの兄ちゃんに会ったときなど、
「あのときは世話になりました!」と背中を洗ってもらったりしていた。
刑務所に入っていたときに家族の相談などに乗ってあげてたとか。

「お孫さんですか!」って私を見て言うそのお兄ちゃんがめっちゃこわかった。
だって、入れ墨が凄いから。。。

その祖父の言葉。

「知り合いにヤ○ザがおんねんぞ」と脅してくる人間には、
「じゃあ今すぐ呼んでこい、その方が話が早い。」と返せ、と。

そういう人間に限って、知り合いにヤ○ザはいない。
せいぜいチンピラぐらいのものだ。

弱い人間ほど、強く見せたがり、虎の威を借る。

仕事をしていてもよく分かる。

「知り合いの弁護士に相談するわよ。」
という人には「どうぞ」という。

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2008年6月11日 (水)

通り魔事件への対応

通り魔を防ぐことは日常生活上、とても難しいが、
遭遇の確率を抑え、心構えをしておくだけでも、
違う結果になるのではと思う。

目的は、突然の通り魔にどう対応したらいいか、
日頃の心構えをどう持っていたらいいか、
ということなので、
ここでは加害者の心理面、環境面には触れないこととする。
(そんなことは、事件に遭遇したとっさのときに何の役にも立たない)

ではまず代表的な事件を新しい物から挙げると、

・秋葉原の通り魔事件(09年6月8日・日曜)
・大阪の池田小児童殺傷事件(01年6月8日・金曜)
・下関通り魔事件(99年9月29日・水曜)
・池袋通り魔事件(99年9月8日・水曜)
・新宿西口バス放火事件(80年8月19日・火曜)

他にも沢山あるが、大規模な物だけ。

上記を見ただけで、共通点が浮かぶのがお分かりだろうか。
6月~9月に発生している。

警察庁の資料をみると(古い資料で申し訳ない)、
発生件数にしても5月から9月が多い。

気候的にも暖かく過ごしやすく、精神的不安定な者も外に出られる状態か。
逆に冬は、精神不安定な者は引きこもりがちになる、と推察する。
ただ、最初に書いたとおり、ここではこのぐらいに留めておこう。
また別の機会に書きたい。

また、冬は厚着になるので、ある程度は刃物への防御が効く。

H001063h

次に、どのような場所で発生しているか。
圧倒的に道路上が多い。

Hs_id94_080507_002
(警察庁「平成18年の犯罪情勢」より)

道路上、ということは、今ここはどこだろうか、
というところが分かりにくいという可能性が高い。

セコムのアンケート結果によると、
「外出時の防犯に関して何かしていますか?」という問いに対して、
「何もしていない」と答えた女性は、なんと135人中118人という結果が出ている。

では、外出上にどのような対策、心構えをしたらいいのか。

1)5月~9月の間は、特に警戒心を高めておく。
 → 一見真面目そうな人間が怪しい。
 → 挙動、視線が明らかにおかしい人からは離れておく。
 → 薄着になるため、日傘やサイレン装置を持って出かける。

2)とっさの判断、行動ができる状態にしておく。
 ・ケータイで話しながら歩かない。
 →夜道にわざわざケータイで友人や彼氏と電話することが、
  「一人じゃない」というアピールになると思っている方が多い。
  これは逆効果で、あくまでも歩いているのは一人。
  一人じゃないという錯覚に陥る。
  そして、話に夢中になると周りへの注意力が散漫になってしまう。
  
 ・ウォークマンを聴きながら歩かない。
 →周囲の音の変化を感じられない。

3)「キャー」ではなく、「110番してください!」「火事だ!」と具体的に叫ぶ。
 ・ここで「火事だ!」と叫ぶのは、「通り魔だ!」と言ってしまうと、
  助けに来るのに躊躇してしまう人がいるから、
  とにかく人に助けに来てもらうための方便である。

4)110番する側としてできること
 ・自分の携帯で110番するのはなるべく避け、近くの店や民家に
  電話を貸してもらってから110番する。

 →現在地を上手く説明できない場合や、
  携帯の電源、電波の状態が不安定な場合がある。
  現在地はその店、民家の方に正確に聞くように。
  (経験上、自分がどこにいるか分からない人はパニックになる可能性が高い。)

 ・警察にはまず「事件ですか?事故ですか?」と聞かれるので、
  「○○付近で通り魔です。」とはっきり伝える。

 ・加害者の外見上の特徴を冷静に伝える。

 ・武器を聞かれることがあるので、「包丁です」「拳銃です」と伝える。
  それによって警察の装備や、対応が変わる。
  (拳銃であれば、いざとなれば射殺やむなし、
   包丁であればとにかく身柄確保優先、など)

今のところはこれくらいしか、私の頭では思いつかないが、
いずれ、もっと分かり易くまとめたいと思う。

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2008年6月 9日 (月)

一つの脳と、十個の体

私は虚弱体質で、すぐにバテる。

でも頭は回転する。

だから無理をして体をこき使い、壊す。


前までは脳は一つで、体が十個くらい欲しいと思っていた。
 
 
 
でも違うんだよな。。。

体あっての脳なんだよな。

まずは体を大事にしないと、脳も動かないんだよな。

頑張りたいときは、体と相談しなくちゃね。

一つの脳と、一つの体。

いや、脳=体。

体を大切にしないと。
 
 
やりたくてもできないもどかしさは、
とにかくメモに書いておこう。
 
書いていれば、
時間があるときに読み返して、やればいい。
 
書いていれば、
他の人に見せて、やって貰えればいい。
 
体調の自己管理は基本、というけれど、
基本だからこそ難しいなぁ。
 
また体調の自己管理をとやかく世の中で言われるのは、
それができていない人が多いからかもしれない。

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母の誕生日

昨日書いたが、6月8日は母の誕生日。
 
プレゼントは何にしようか、と思っていたが、
嫁と妹と相談して、誰も考えつかないようなサプライズを。
 
私は仕事で行けないということにして、嫁だけが行く。
それも、行くこと自体、母には内緒。
 
突然、「宅配便でーす」と嫁が実家を訪ねて、
出てきた母をびっくりさせる。
 
そして私はいない。
 
嫁が一人で遠路義母のために帰省してくれる。
プレゼントなど要らない。
 
絶対に嬉しいに違いない。
 
それを嫁と妹と、そしてちょっとの演技力を父に協力依頼。
 
 
 
そして、いざ本番。
 
嫁に「よろしくお願いします」と頭を下げ、朝早くに送り出す。
 
嫁が訪ねて行って母が不在ではいけないので、
あらゆる手を使って母を自宅に軟禁(笑)
 
母が外出しようとすると、妹は焦りまくって、
「私も行く~」といって化粧を長時間かけて、
服を時間をかけて選ぶ。(可笑しすぎる)
 
父も焦って「剣道の稽古にちょっと1時間行ってくるから待ってて。」
(可笑しすぎる)
 
そうしてようやく、
 
 
嫁が実家のチャイムをピンポーン。
 
母は「はーい」と玄関を開けて…
嫁が「お届け物でーす。」
 
母は頭が真っ白になって30秒固まっていたという。
 
(嫁がここに今いるはずがない、何で?何で?何で?)
(あれ、息子は?嫁が一人で?何?何?)
 
嫁はニコニコして立っている。
 
で、妹が出てきて「あ、姉ちゃん来たー。」
 
 
母は本当にびっくりしてようやくサプライズだと気付いたようだ。
自分の誕生日を忘れていたらしい(!)
 
で、父親が「よう来たなー」と言って帰宅。
 
「え?お父さんまで知ってたん?」と母。
「うん、弟も知ってるで。」
 
その後は、本当にみんな仲良く一日を過ごせたようだ。
母も大変喜んでくれたみたい。
 
 
私が行くと、おしゃべりの私が全部持って行ってしまう。
だからあえて行かなかった。
 
だから、みんなが会話できて、
「どれだけ私の親をすることが大変か」を母が言い、
「どれだけ私の嫁をすることが大変か」を嫁が言い、意気投合。
 
私の悪口をみんなで言い合って、
うちの家族と嫁がさらに仲良くなって絆が深まって。
(もちろん私の話題以外もいっぱいするけれども)
 
本当に幸せなことだ。
 
 
でも口には出さなかったらしいが、
息子の私の顔も見たい感じだったらしい(それはそうだ)。
 
それは来月の父の誕生日にまた違うサプライズで。
 
今のところは7つのパターンで、家族の絆を深める企画をしている。
1) 私だけが帰る。
2) 嫁だけが帰る。
3) 二人一緒に帰る。
4) 将来は孫を連れてみんなで帰る。
5) 嫁だけで孫を連れて帰る。
6) 私だけで孫を連れて帰る。
7) 1)~6)+何でもないときに帰る。

これで絶対にみんなが仲良くなれる。
一番いいのは4)だけれど、焦らずに。
 
但し、この前提条件として、優しい嫁、優しい父母、
そして、優しい妹弟がいるというのが大切だが、
幸せなことにそれが揃っている。
 
 
それに対し、私はなんと計算高い、つくづく嫌な人間だと思う。
 
しかし、私はおしゃべりで、人の笑顔を見たくて冗談を言い、
バカを演じ、今まで経験してきた面白い話を披露してしまう。
 
結果、言いたいことを嫁も妹も弟も言えない状況になってしまう。
だって、長男の、旦那の私にはかなわないから。
 
一流ではないが、兄妹弟で大学を出ているのは私しかいない。
それだけで妹弟には「かなわない」と思われてしまうのだ。
 
彼らには私にはない、とてもとても魅力的な所が沢山あり、
私はそれを尊敬しているし、見習わなければならない。
 
でも、悲しいけれどそれがまだ現実として存在する。
 
だから、私があえて引くしかない。
そこに私がいてはいけない場合がある。
 
私がいて、黙って聞いていればいい、というかもしれないが、
今までがそうだから、
「あいつに何か悪いことがあったに違いない。様子がおかしい。」と心配させる。
 
 
しかしそれで人の笑顔が増えるなら、
みんなが幸せだと思ってくれるなら、喜んで私の計算高さを発揮しよう。
 
計算高いということが、一概に悪いものだとは言えないと思う。

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2008年6月 8日 (日)

努力をしたいと初めて思った

秋葉原の通り魔事件。

悲しすぎる。
 
 
そして、身の引き締まる思いがする。
 
今月からベビーシッター派遣会社に勤め始めたことはすでに書いた。
 
一昨日、トラブルが発生した。
 
機密の保護、個人情報の保護のため
詳しくは書けないことをご了承いただきたい。
 
あるお客様に、お子様の塾への送迎の仕事を頼まれた。
長いお付き合いのあるお客様。
また塾への送迎も初めてではない。
 
しかし、そのときの塾はいつもの塾ではなかった。
 
ベビーシッターがいつもの塾に行くと、お子様がいない。
 
至急本部にその旨の連絡が入る。
 
お客様に連絡を取ると、いつもの塾ではない、
そのことは伝えたはずだと。
 
気の緩み、思い込みで、本部の人間が、
何も考えずにシッターをいつもの塾にやってしまったのだ。
 
詳細な経緯は書けないが、お子様は無事だった。
 
 
しかし
 
 
こう書くとまだ新入の私が生意気で嫌だが、
 
会社諸先輩の対応・認識の甘さに対する怒りと情けなさと、
計り知れない子供の孤独と親の心配を想像して、
仕事中なのに涙をこらえ切れなかった。

私は新入なので、行動を許されていない。
下手な行動はさらに問題を大きくする。
だから何もできないことにももどかしかった。


社長が一人で気を吐いている。
「もしこの間に子供が殺されていたら、お前らも責任を取って死ねよ!!」
「俺が親ならこんな会社には子供を預けない!」

おっしゃるとおりだ。


そして自分のやらなければいけないことが沢山あることを感じた。
神は私に、大切な役割を与え下さった。

世のため、人のために働く場を与えてくださった。

自分のために働く人間は伸びない。
自分が満足したらそれで終わるから。
そしていざとなったら諦めることができるから。

世のため、人のために働く人間は、
それを裏切ることができないから、絶対に諦めない。

私は努力をしない、できない人間だった。
それがコンプレックスだった。

小さい頃から知能指数が抜きん出ていたので、
「やればできるんだからやれ」と皆から言われていた。
(具体的なIQは知らされていない。)

だから、「いざとなったら、やればできるんだから、今はやらない。」
という、最悪な人間となった。

しかし、産まれて初めて努力をしたいと思った。
人生で初めてスタートラインに立った気がする。

何をするにも遅すぎることはない。

自殺を考えている若者たちよ、とにかく生きなさい。
絶対に生きててよかったと思えるときが来る!!

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2008年6月 5日 (木)

てへ。

「しばらく更新をしないかも」と書いておきながら、
いきなり更新。

忘れぬよう、社長の言葉で書ける範囲の物を残しておこう!

・「重箱の隅はつつくもんや。そこに大事なことが隠れている。」

・「Plan、Do、Seeで一番簡単なのはPlan。Seeがまず基本。
 みんな日々の業務に忙殺されて、状況把握、現状把握が出来てない。
 だから対策の立てようが無い。」

・「社長の減給は80%。
 100%でもいいが、税金面でややこしくなるからそうしただけ。」

・「何か分からないこと、疑問があれば俺に直接聞け。これは命令や。」

・「サラリーマン社長の責任の取り方は、辞職してハイ次の人、で済むが、
 起業家の責任はとにかく会社を潰さず雇用とサービスを守ること。」

おもしれ~!!

起業家というのは凄い。

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しばらく

新しい仕事が面白すぎるので、
ブログの更新がおろそかになるかも知れぬ。

決して楽ではない。

一昨日、入社時に挨拶した際の社長の一言目。
「ええ時に入ってきたな。」

設立以来ずっと売り上げが右肩上がりで来た会社らしいが、
今年、初めての売り上げダウン(笑)

とりあえず6~8月はみんな減給。
(さすがに私は対象外だった。)

逆境、苦しい時を乗り越えて人は強くなる。

社長と私の思いは同じ。
背負っている物の重さは全然違うが。

毎日社長と仕事終わりにマンツーマンで話をし、
経営や業界事情、仕事の事について教わる。

美しいレクチャーではない。
本質で語る。
ここでは書けないことばかり。

なんて贅沢で有り難いことだ。
もちろん社長のために働くのではない。

私には中小企業が合っているなぁ。

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2008年5月31日 (土)

退職~BIG TREE~

先日書いたとおり
昨日を以て、7年間お世話になった会社を退職した。

スピーチを勘弁してもらった代わりに
お世話になった方々個々にお礼をし、
温かい励ましの言葉を頂いた。

また、お客さんのところにも足を運び、
ここでもまた温かいお言葉を頂戴し、本当に有り難かった。

午前中でそれら全てが終わり、会社を出る。

馴染みの店で昼食を取り、生ビールをクゥ~っと一杯。
昼のビールはなんと美味いことか。

TASPOの街頭キャンペーンをやっていたので、そこで申し込みを行う。
(TASPO…タスポ。煙草自販機で購入するのに必要になるICカード)

映画でもと思ったが時間が合わず、
一人カラオケに。

4時間歌った。

CHAGE&ASKAの『BIG TREE』を歌っていると、
思わずこみ上げてくる物があって瞳が少し濡れた。
歌うのをやめるとまずいと思い、これでもかというほどの大きい声で歌った。

『BIG TREE』(CHAGE&ASKA)

 海の上にそびえる不思議な木を
 大きな旗を立てて眺めている

 眠りから覚めて 夢を着替えた
 どんな季節にも 自由の姿で
 倒れない気がしたから 朝のドアをくぐった

 君は見たか ひとつの鼓動を分け合いながら
 心にふちどられてる 君だけの BIG TREE


 非常口の明かりを気にしながら
 小さな窓を開けて微笑む人

 ためらいを捨てて ビルに上ろう
 空に掛けた絵を 胸に持ち込んで
 昨夜見た夢の中 はためかせてみようか

 君は見たか ひとつの鼓動を分け合いながら
 心の場所を知らせる 君だけの BIG TREE


 大きな海と 大きな空と 大きな旗と
 君だけの BIG TREE

 黄昏の夕陽うけても 沈まない
 君だけの BIG TREE

 大きな海と 大きな空と 大きな旗と
 君だけの BIG TREE

 動かない景色のような
 誰かがくれた生命の BIG TREE

 君は見たか ひとつの鼓動分け合いながら
 心にふちどられてる 君だけのBIG TREE

 
 
 
来週からの新しい職場は、奇しくも辞めた会社の3軒隣のビル。
ベビーシッター派遣&託児所経営の小さなベンチャー会社。

空に掛けた絵を はためかせてみよう。

将来、「少子化を止めた男」、と呼ばれるために。

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2008年5月22日 (木)

大物の嫁

嫁が「今日の晩ご飯はカレーですよ~」
と言っていたが、いつまで経ってもカレーの匂いがしてこない。

まさかレトルトだったとは。

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機転

ある会社の人事担当者が人事案の書類をコピー機に置き忘れ、
誰かがそれを持ち去ったという。

社長に報告すると社長曰く、

「すぐにいろいろな案を作って、方々にばらまいておきたまえ」
(意味分かりますよね?)

こういう機転の利く人が大好き。

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2008年5月17日 (土)

この世から消えたい、という人

この1週間ほど、mixiにて、見知らぬ一人の方を励まし続けていた。

その方は、日記から察するに、
最近複数の人から、大変な裏切りをされ、それがもとで、
心に傷を負い、リストカットをするようになり、
孤独感にさいなまれ、この世から消えたい、
という方だった。

日記にも、毎日、「消えたい」「誰か、消して欲しい」とあった。
どこに住んでいて、何歳なのかも分からない。

ただこの年で会社を辞めるのは厳しい、とあったので、
35を超えている人かも知れない。

ただ、私はまだ希望を持っていた。
日記に書くということは、まだほんの少し元気があって、
「私の寂しさを分かって!」と表現できている、ということだから。

私はその度に、「ゆっくり」「焦らず」「神様が見てくれてるから」、
といった形で言葉をかけた。

しかし…

今日メッセージが来ていた。

「いつもやさしいコメントありがとうございました。
堕教祖さんの言葉で少し救われていました。
ありがとうございました。」

「救われていました!?」

あわててその人のページに飛んだが、
既に、mixiから退会していた。

私にはもうどうすることもできない。

人間は常に無力だ。自然の前にも、人間の前にも。
有力だと思えばそれは思い上がりなのだろう。

しかしどうにかしたかった。

だが、考えてみると、おのれの命を絶とうとする人間が、
mixiの退会手続きをきちんとするものなのだろうか。

そこに少し希望を抱いている。
とにかく生きていて欲しい、どんな形であれ。

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2008年5月16日 (金)

サスペンス(最終章)

20080516205355


投薬?生かさず殺さず?

これを見て、もうたまらずに嫁に聞いた。
どうせなら殺してくれ!!、と。


嫁は表情を変えず、重い口を開いた。


・名義変更は私が退職するのに伴う手続き。
・ヒモはDIY用の短いヒモ
・アルコールはモルモット用品掃除の消毒用
・検査薬は…(*^^*)
・投薬はすだちの消化器系の軽い病気の為の薬
・生かさず殺さず、は軽いギャグ

とのこと。
そうだったのか・・・

こうして眠れぬ日々にようやく終止符が打たれた。

しかしギャグはやめてくれ。軽くないし。

ということで、皆さんご心配をおかけしました。
私はまだ生きられるようです。


それどころか、新しい命を授かったかもしれません。
まだ分かりませんが。

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サスペンス(その2)

20080515232310


何なんだ…

計画は進行しているのか、変更しているのか…

恐い。。。

アルコールでどうするんだ!!!

何を検査するんだ!!!

眠れない日々が続く。

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2008年5月14日 (水)

サスペンス

ふと台所のホワイトボードを見ると・・・

20080514120615


名義変更?ヒモ?

私は絞殺されるのか!!

ん?

スタンプ?歯ブラシ?
何に使うのだ!アリバイ作り?
自殺に見せかけるとか、か!

嫁と目が合わせられない。

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2008年5月13日 (火)

ラッパのマークの

私は、目と耳と頭と口が悪いが、
鼻だけは昔からいい。
 
雨が降りそうなときは匂いで分かる。
 
 
その私が久しぶりに正露丸を飲んだ。
 
買ってきたばかりの新鮮な正露丸の強烈なかほり。
 
嫁が近寄ってこない。
気持ちは分かる。
 
今私が何かの拍子で過呼吸になって、ペーパーバックをしたら、
逆に死ぬかもしれない。

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2008年5月12日 (月)

都会の自動車教習所

今バイクの免許教習に通っているのだが、
都会の教習所とはかくなるものか、と驚く。

自動車の免許は大学時代に実家のある高松で取ったのだが、
今回は自宅の近くの甲○○自動車教習所。

まず!教習所内にレストランがある!
ランチが500円はうれしい。

そして、教官が優しい。
地方に比べ、競合が多いから優しくしないと教習生が集まらないのだろうか。
近くに有名な女子大もあるし。

入所式のアンケートで、
厳しく教えて欲しいと書いたのだが、
とても優しく教えてくださっている。
丁寧に教えてもらっているので問題ないのだけれど。

うーん、それでもいいんだけど…なんか拍子抜け。

いつも最後に、「他にお気づきになったところはありませんか?」
と私から言う。だって、自動車よりもバイクの方が危ないと思うから。

そうしたら、ブレーキのタイミングとか、体重移動についてなど、
もっと突っ込んで指摘、アドバイスしてくださる。

高松で自動車免許取るときは、厳しかった。

でもそのおかげで、12年間無事故無違反できているようなものだ。
(もっとも車に乗る機会が少ないんだけれども)

でも、厳しく叱って貰えるって贅沢なことだなぁと思った。
それだけ、教える方も真剣に思って下さっているという証だから。

しかしなぁ、怒鳴りたくても優しく教えなくてはいけないというのも、
しんどいと思う。

どちらにしても大変なお仕事だ。
 
 
P.S.
ついに嫁が実家から帰ってきた。

「明日も教習でしょ?」と聞かれたので、
「いや、明日は定休日やで。」と答えると、
すかさず「な~んでやねん!」と来る。

おやおや、どうしたことか。

「久しぶりに夫婦仲良く過ごそうぜ」と私が棒読み口調で言うと、
嫁は「教習所行ってる間、家でダラーっとしたかったのに。」と感情を込めて言った。

教習所の教官より怖いのだ。

はいはい。明日は一人でカラオケに行ってきますよーだ。
松山千春を歌おう。

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2008年5月11日 (日)

最後の日

今、妻が実家に帰省している。
4日間くらいかな、
「もうちょっとゆっくりしてきなよー」なんて言ったり。

別にやましいことは何もしてないんだが、
誰にも気兼ねせずに生活をする幸せ。

モルを脅かせないくらいの大音量で音楽を聴き、
映画に涙を流し、
煙草をプカプカ吹かし、
寝たいときに寝て、起きたいときに起きて、
外に出るのが面倒なのでホカ弁を出前。
深夜には出前できないので、
ご飯を炊いて、レトルトカレーを温めずにかけて食う。


ああああ贅沢だぁ。

名前の通り、私は堕落しているのだ。

人間、やっぱりどこかで心のバランスを取らんとなー。

外ではきっちり仕事・遊び、を心がけている分、家ではダラーっとせんと。

その嫁が今日帰ってくる。
私ではなくモルモットが恋しくなったらしい。
気持ちはよく分かる。

部屋を片付けないと殺されるだろう。

活動範囲を自分の部屋にシフトだ。

さぁ、その前にバイク教習行ってこよ。

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2008年5月10日 (土)

まさかとは思うが

パンダのリンリンが死んだタイミングがよすぎやしまいか。


あと中国行政官の日本留学にお金を出すとか、やめて欲しい。

学生ならまだしも、こっちからスパイを呼んでるようだ。

共産主義国の役人が民主主義国の行政をタダで学ぶ…

共産主義でうまくいっている、と建前上中国は言っているのだから、
そんなことする必要ないではないか。

学びたければ本場のアメリカに行ったほうがいい。

どうして外貨準備高世界一の国にここまで金を払わなきゃならんのだ。

国民の為に税金を使って下さい。
留学してきた行政官に女をあてがい、
中国の機密を聞き出すぐらいの計画があれば別だが。

最近の福田さんは、ちょっと酷すぎる。

右翼等に命を狙われやしないかと、逆に心配だ。

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2008年5月 9日 (金)

な、なんじゃこりゃゃ!

一日にどれだけブログを書くねん、と言われそうだが、
今日は最後にこれだけ言わせてもらって、寝る。

平城京遷都1300年記念マスコット「せんとくん」

画像等はこちら↓
http://www.1300.jp/mascot.html
(著作権等の関係で画像の直接掲載は控える)

これはあまりに気持ち悪すぎる。

そして、

大仏の頭に鹿の角という安易な発想なのだが、
仏教と、神の使いである鹿の両方を冒涜している。

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2008年5月 8日 (木)

ジャーナリスト 青山繁晴氏

私が信頼しているジャーナリストが一人いる。

青山繁晴氏。
独立総合研究所社長兼、首席研究員。

この方のどこがよいか、というと、
考え方も人脈も広く、バランスがよいということと、
本当に日本を愛しておられるということだ。

さらに危機管理のノウハウや、国際情勢に詳しい。

その辺のタカ派保守や、右翼とは全く違う。

この方は、昔からメタンハイドレートの採掘研究の推進を唱え、
(今年、商用のめどが立った。これで日本が世界最大の資源国になる可能性がある。)

米国との同盟を維持しながらも、独立国としての立場を崩すなという主張、
また、中国の矛盾や戦略を注意深く観察していらっしゃる。

日本が中国に残した化学兵器の処理にかかる費用を、
日本が負担しろと中国が言ってきているが、

日本はポツダム宣言にて、武器の全てを回収を含め連合国に引き渡したのだから、
ビタ一文支払う必要はない、と述べておられる。
(但し、道義的責任は認めている。ここがこの方のよさだ。)

ペルーで起こった日本大使館占拠事件の際の、
最前線を取材した共同通信の記者だった。

彼の取材結果は、事情があって日本ではあまり知られていないが、
その事情が本で発行されているので興味のある方はお読みいただきたい。

今まで持っていた事件のイメージがひっくり返ると思う。
(特にフジモリ氏のイメージが) 
 
彼を知ったのは、関西テレビの夕方のニュース、「ニュースアンカー」だった。

一般人には立ち入りが許されていない硫黄島に、
政府の許可を得て降り立ち、塹壕跡や地下トンネル跡を巡った。
どれだけ凄惨な現場だったのかを知った。

今更言うことではないが、硫黄島には数え切れない日本兵の遺骨が埋まっている。
それを回収しない日本政府。

それを日本人に伝えたくて、番組中に涙ながらに、
「みなさん、せめて忘れないで欲しい。」とカメラに向かって訴えた姿に心打たれた。

今月、その青山さんが大阪の枚方で
憲法についてのパネルディスカッションを行われるので、行ってこようと思う。

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2008年5月 7日 (水)

久しぶりに金縛り

今日寝ていたら、久しぶりに金縛りに。

これは二回目で、二年ぶりくらい。

映画に映った心霊現象を検証するという番組を夢で見ていて、
余りの恐さに目が覚めたが、
体が全く動かない。

目を開けるのが怖かったが、それでも開けると、
それらしき影があちこちに見える。。。

今日は本当に怖かった。

頭の中で必死に般若心経を唱え、
2分くらいかけて、力ずくで解いた。

普段は「幽霊より人間の方が怖いぜ」などと吹いているが、
やっぱり幽霊は怖い。

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運転時の心構え

大型連休では、車を運転する機会があり、
実家~西宮の自宅にミドルドライブ(2時間半)をした。

私は4,5時間を超えるロングドライブをできるだけしない。
車の運転は大好きなのだが、
いつまでたっても、車の運転は神経を使い、本当に疲れる。

絶対原則として、私の運転時の心構えは、
タイヤに負担のかかる運転をしないことと、
一番大切にしているのは、「○○かもしれない」という気持ちだ。
「○○だろう」運転は絶対に避ける。

・「ここは見晴らしがいいからちょっとぐらい速度上げても大丈夫だろう」
・「左折優先だから右折の相手が譲ってくれるだろう」
・「青だから何も気にしなくて直進したらいいだろう」
これらは事故のもと。

・「見晴らしがいいけど、急な飛び出しがあるかもしれない」
・「強引な運転者が右折してくるかもしれない」
・「こっちは青だけど、右から赤信号を無視する輩がいるかもしれない」
と思って神経を尖らせて走っている。

最近二輪免許教習に通っているので、
・「車の視界に入っていないかもしれない」
というのも改めて加わった。

だから、他から見たらつまらない運転に見えるだろう。
また、助手席の妻には軽い会話程度に控えてくれるようお願いしている。

他の人が運転する車にはなるべく乗りたくない。
ブレーキのタイミング、一旦停止をしない、などヒヤヒヤすることが多い。

かといって、自分の腕に自信があるわけではなく、
もっと言うと、家族以外の人を余り乗せたくない。

テクニックより、心構えだ。

私の究極の目的は、
「いかにスムーズな安全運転をしてつまらない運転をし、
同乗者を眠りに陥らせるか。」

なので、
「いつも助手席で寝てしまってゴメン」という妻の言葉は、
私にとっては、賛辞の言葉なのだ。

最も最悪なのは、
「自分だけは大丈夫だろう」
という心構え。

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本当につまらんことだが

「サークルKサンクス」は

「サンクスK」にしたらいいのに。


最近、会社の合併が多いが、単純に足しただけ、
という面白くない、長い名前が多いねん!

「三菱東京UFJ銀行」
…長いわ!

市町村合併でできた市もセンス無し。
「さいたま市」「いわき市」「四国中央市」「さぬき市」
…面白くないねん!
ひらがなにすることによって、なんの歴史も感じへん。

ひらがなは漢字から生まれたといっても、
現在においては、アルファベット同様、記号のようなもの。
漢字にはそれ自体に意味がある。

以上、大型連休の最後に毒舌、悪態をつきました。

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さて、と

大型連休が終了してしまいました。

ちなみにゴールデンウィークという名称は映画業界が作ったもので、
NHKは使用しません。
私も横文字が好きではないので、使いません。

4日間帰省していましたが、楽しかった~。

みんなで潮干狩り、地引き網、うどん屋巡り、祖父母との食事。

家族っていいなぁ、故郷、田舎っていいなぁと改めてつくづく感じました。

また、母をはじめ、みんなが嫁を大切にしてくれて、
すごく仲良くて私は幸せです。
(みんな嫁の味方をするので、私は孤軍奮闘ですが、それがいい。)

弟は本当に寡黙で愛想のない奴ですが、
嫁の三枚目なところが結構ツボなようです。

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2008年5月 2日 (金)

二日酔いの夜に

ジャ○ネットたか○のTVショッピングは、
たか○社長が好きなので、面白く観るのだが、
二日酔いの時にはきつい。

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若いもんには負けるのう…

昨日、今日と、義弟とその彼女さんが愛知から遊びに来た。
うちに泊まっていってくれてとても嬉しかった。

とりあえず、夜のミナミを少し案内してご飯食べて、行きつけのバーに。

みんな酔っぱらって、話が盛り上がって、気がついたらAM1:30!
久しぶりに沢山お酒を飲んでしまって、今日は私は半分死んでいた。

今日は私が用事があったので、弟カップルだけで大阪観光したのだが、
吉本のNGKに行き、たこ焼きを食べ(あぁ聞いただけで胸が…)、
大阪を楽しんだということで、よかった。

4,5歳しか変わらないのに、元気じゃのう。

実は今日の私の用事というのが、
自動二輪免許の入所式・適性検査日なのだった。
二日酔いで行きました。なんという…

それはさておき、
実であっても、義理であっても弟妹とこの歳で遊べるのはとても幸せだ。


弟妹よ、ひとつ伝えておきたい。
一緒に飯を食ったときは、必ず兄姉に全額払わせること。

長兄、長女というのは申し訳ないが、
おそらく、君たちよりお金をかけて育ててもらっていると思うし、
君たちより早く産まれた分、お小遣いやお年玉を多めにもらっている。

その申し訳なさの気持ちを受け取ってほしいのだ。
あと、頼りない兄姉だが、勘定するときぐらいはカッコつけさせろ(苦)

ただ、100億稼いだら、私にはアストン・マーチン(維持費込み)、
嫁には三段変速の自転車(安いのでいい)を買ってくれ。

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2008年4月28日 (月)

ぼくのおよめさん

ぼくのおよめさんは、へんなひとです。

きのうのタイガースとジャイアンツのしあいをテレビでみてたのですが、
タイガースファンのおよめさんは、こうはんからおかしくなり、
「しんけいがちぎれた」といって、しゃきょうをはじめました。

この人にしんけいがあったんだ、とおもいましたが、
こわいのでだまっていました。

ぼくはテレビにくぎづけで、さいごにタイガースがサヨナラがちをしたので、
ガッツポーズしてよろこんでいましたが、
およめさんはもうぐったりしていました。


テレビがおわったので、モルモットちゃんのおそうじをし、
およめさんは「ヤスラギヲ・・・」といい、おかんちゃんをだっこしました。

しかし、おかんはおよめさんのうでの中でおしっことうんちをいっぱいしました。


20080427234900_2


このしゃしんはそのあと、いそいできがえたときのものです。
かけることばがない、とはこのことだと、お分かりいただけるとおもいます。

へんなひとだなぁ、とおもいますが、
わらいのかみさまがおりている気もしました。

だから、このおよめさんをたいせつにしようとおもいます。

ついしん:
さいきん、「ケッコンシタラコッチノモンヤ」ということばをよくつかっています。
いみがわからないので、じしょでしらべましたが、のっていませんでした。

そのときのひょうじょうは、いつもどうどうとしているのです。
だからちょっとこわいです。

いみをしるのがこわいので、だれにもきけません。

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2008年4月25日 (金)

日本ビクター・・・

「日本ビクター、日本と英国でのテレビ生産から撤退」だそうだ。

私は昔からビクターのテレビが大好きだった。
自然な発色、音の良さが私に合っていただけかも知れない。

1年前に液晶テレビを買うときも、シャープやソニー、松下、東芝と
徹底的に比べて、やっぱりビクターを選んだ。

選択は間違いではなく、十分満足している。

ビクターは液晶パネルはシャープから供給を受け、
画像処理エンジンは自社のものを使っている。

このエンジンが優れているのだ。
またスピーカーも良い。

シャープは世界の亀山工場とか言っているが、
液晶はいいが画像処理自体はそれほどいいと思ったことはない。
また「世界の」と言っている割に、
世界的にそれほど認知力があるわけでもない。

ソニーは鮮やかすぎて目が疲れる。

ビクターの弱さは広告営業活動につきるのではないか。
技術的に優れた物を作れば売れる、という世界ではない。

イメージアップに力を入れて欲しい。
経営統合するケンウッド&ビクターのまず第一歩目はブランド力の強化だ。

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2008年4月24日 (木)

自殺をする若者達へ

最近「若者が自殺」という心痛むニュースばかりだ。
特に硫化水素を使った自殺が連鎖のように。

自殺を考えている若者よ、
生きなさい。
あの時、死ななくて良かったと思える日が必ず来る。

君たちは孤独だと思いこんでるだけで、決して一人じゃない。
私って一人じゃなかったんだ、とあの世で気がついても遅い。

いじめ、勉強、親の期待、何から逃げてもいい。
しかし、生きることから逃げてはいけない。

小鳥かモルモットを飼ってごらん。
手乗り文鳥なんかいいよ。
3000円くらいで買える。

犬や猫は手間がかかる。
君たちにそんな元気はないはず。

小鳥やモルモットは最低限のことさえ世話してあげれば、
気軽に飼育できる。
そして、愛着がわくともっと世話に力が入るようになるよ。

かれらは、小さいけれど人間と意思疎通ができる。
悩みを聞いてくれる。
そして、優しい眼差しと可愛い声で癒してくれる。
孤独から解放してくれる。

かれらは、人間よりも遙かに短命で、私たちよりも早く死ぬ。
その時に君たちは命の尊さを身を以て感じるだろう。
また残されたものの悲しみも。

生きることの尊さ、素晴らしさを彼らから学びなさい。

さあ学校じゃなくて、ペットショップへ行こう。

お金がないなら親の財布からこっそり借りればいい。

バレて怒られたら、このブログを親に見せればいい。

とにかく生きるんだ。

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2008年4月23日 (水)

退職

5月末で退職することにした。

上司に伝えて、上席に相談し今のところ正式決定ではなく、
引き留められてはいるが、意志は変わらない。

体調は良くなっているものの、まだ少し波があり、
他の方とはやはりまだ同レベルの働きができない。
もうこれ以上、周りに迷惑、心配をかけたくない。

色々温かい配慮をいただき、復帰支援のために動いてくれた
会社の方々には大変申し訳ないが、もう3,4年になる。
これ以上は、もう私が辛い。
いくら「焦るな」と言われても、その言葉が辛い。

またIT業界への復帰はもうちょっと厳しい。
「今の会社に完全復帰」というより、「社会に完全復帰」を優先させたい。

退職を決意して、心が軽くなった。
決断できたということは、やっぱり病が良くなった証でもあるのだろう。

前にも書いたが、今の私の前にあるのは眩しい光。
不安など微塵もない。

「せめてボーナスの出る6月までいたらどうか」との上司の言葉。
有り難いが、私はそこまで卑しくはない。
会社に貢献していないのにボーナスなど貰えるか。
体調を崩すほどハードに働いたときにもっと欲しかった。

泥沼の中でも常に上を見ていた。
上を見る気力もないときはうつむいた時もある。

しかし手の平だけは上に向けていた。
チャンスはいつやってくるか分からない。
それがふと降ってきたときにすぐに掴めるように。

今は前と上、しっかり見えている。
長いトンネルを抜け、希望が広がる。

可能性が無限にある。
何をするにも遅すぎるということはない。

というわけで、躊躇なく私は前へ前へ進んでおります。

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2008年4月19日 (土)

そうだ、夏はこれしよう

今年の夏は、久しぶりに家族で水風船合戦をやるぞー!
みんな、びしょ濡れになるのだ!

そのあとバーベキューして、花火して
夜空見て、流れ星を10個見るのだ。

年々子供になっていく私。
え~い、何が悪い。健康的でいいじゃないか。

あ、阿波踊りも行かないと。
缶ビール片手に踊り狂うのだ~。

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2008年3月11日 (火)

トラックバック受付中止

最近やたらとトラックバックのスパムが多い。

大体アダルトサイトからのトラックバックだ。
おそらく、検索エンジンのロボットから情報を得ているのだろう。

毎回の投稿毎にトラックバックしてくる。

はっきり言って、猥褻だし、全く無駄だ。

猥褻なものを見せられて精神的ショックを受けたとして、
訴えてみようか。

アダルトサイトのサーバを全部止めれば、
消費電力が地球全体でがどれだけ抑えられるか。
またネットワークがどれだけ空くか。

治安当局には厳重に取り締まって欲しい。
国際的連携ももちろんだ。

また、ネットから容易に通報できる、
取り締まりの通報制度があってしかるべきだ。

というわけで本日を以て、トラックバックの受付を中止します。
4年間受け付けてきたのに残念だ。

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2008年3月 8日 (土)

自分を見つめない期間

最近は少し調子がいい。
低気圧が遠い所にあることも影響しているのだろうか。

ここのところ、あまり自分のことを書かずに、
政治やモルモットや音楽のことばかり書き、
自分のことについては書かなかった。

自分を見つめるのに一区切りがついたから、
そこについてはあまり考えないようにしようと思ったからだ。

この数年で大体自分がどのような人間か、分かった。

そして、自分が今現在発揮できる力がどれほどで、
それが私の潜在能力の数パーセントしか使われていないことも分かった。
これは畢竟、努力不足以外の何ものでもない。

私は能力的には今からでも何にでもチャレンジできる。
あとは体力と、努力だけ。

だから、もう今は自分をみつめる必要を感じない。

興味のあることに、また社会に貢献できることに、
躊躇無く邁進していけ。俺。

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2008年2月28日 (木)

精神鑑定?(その2)

本当に腹が立つ。

本日、国と栃木県に対するある損害賠償請求の判決があり、
栃木県警・地検によって強盗の「でっちあげ犯人」にされた方へ
国と県に合計100万円の支払が命じられた。
(ちなみにこの方は既に刑事裁判では無罪。真犯人は捕まっている。)

この方は重度の知的障害者であり、
自白書類や、署名も警察の誘導によって、
無理矢理書かされたという。

先日、精神鑑定の意味について書いたが、
実はこのときに精神鑑定が行われていない。
弁護側は何をしていたのか。

このケースに精神鑑定をせずに、いつやる。

また、この「でっちあげ」にも腹が立つ。
こういうこともあるので私は死刑に反対だ。

私は常々、障害者問題というのは、
健常者側の問題であると思っている。

そもそも「障害者問題」という言葉のニュアンスが好きではない。
障害者の問題、というように聞こえる。
また健常者という言い方も好きではないが、
ここでは便宜上、そう書かせていただく。

障害を抱えている方にどのようなことができるのか。
その解決方法を探るのが、健常者の務め。
これが「障害者問題を解決する」と言うことになる。

だから、対話が必要だ。
何をどうして欲しいか、障害者との対話。
障害者の方は、できれば色々なことを自分でやりたいに違いない。

しかしできない、手助けがいる。
設備がいる。
こういう声を我々がしっかり受け止めて実践していくことが、
大切なのだ、ということが最近忘れられているのではないか。

自分からは見えないものへの配慮。
健常者が問われている問題なのだ。

「働かざる者食うべからず」
私の嫌いな言葉の一つである。

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2008年2月24日 (日)

精神鑑定?

少しナイーブな話題を。

最近よく「精神鑑定」という司法用語をニュースで聞く。

裁判所が訴訟当事者などの精神状態・責任能力を判断するため、
精神科医などの鑑定人に対して命じる鑑定の一つ。

よく殺人犯に対して精神鑑定を、ということが言われたりするが、
これはちょっと考える必要がある。

誤って人を殺した、正当防衛、殺意はなかった、
これらは過失致死罪、傷害致死罪なので、
ここでは一旦問題にしない。(正当防衛は無罪の場合も)

故意による殺人、計画的殺人、通り魔的殺人。
これらは殺人罪なので、問題とする。

問題はこれらに対する「精神鑑定」がどれほどの意味を持つかである。

自殺をも含め、人を殺す、という行為に至る人間の精神状態は
程度の差はあれど、明らかに正常ではない。

知的障害、認知症などならもちろん「精神鑑定」は認めるべきである。

しかしながら、通常の生活ができる人間に「精神鑑定」をすることに、
どれだけの意味があるのか。

もちろん、様々な事例があるだろう。
例えば、
・介護に疲れてノイローゼになり、寝たきりの母を殺した。
・介護に疲れた振りをして、保険金目当てで母を殺した。
これには同じ殺人罪でも刑の軽重に影響があるから、
しっかりとした精神鑑定が必要かもしれない。

しかし、最近「精神鑑定」が行われすぎている気がする。

弁護側の策の一つであろうが、
これが裁判を長引かせている一つの要因でもある。

私は死刑廃止論者だけれども、
この「精神鑑定」多用には、はっきり言って賛成できない。

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2008年2月23日 (土)

元兵士たちの日米野球

昨日NHKで放映されたプレミアム10、
「80歳・決着に挑む ~元兵士たちの日米野球」

かつて太平洋戦争を戦った日本・アメリカの元兵士達が、
ハワイ真珠湾近くの球場で再会し、野球の試合を行った。
平均年齢80歳。

人生の終盤戦を迎え「自分は誰と戦ったのか」
「かつての敵と顔を合わせたい、語り合いたい」との思いで集まったのだ。

私の出身地高松市とその姉妹都市、セントピーターズバーグ市が企画したのか、
とにかくこの番組は見てよかった。

トラック島で多くの戦友を失った日本兵。
零戦に軍艦を撃沈され92名の戦友を失った米兵。

自分だけが生き残って、仲間達に申し訳ない、
かつての敵に会って、そのことを打ち明ければ・・・
この苦しみを60年あまりも抱き続けたおじいさんの
心の中は計り知れない。

今回のイベントを冥土の土産にするとおっしゃっていた。

それぞれ、心の中にあるわだかまりを持って不安一杯に、
対面し、そして野球をした。

終始アメリカのパワーに圧倒され負けた試合だったが、
日本側には笑顔があったし、もちろんアメリカにも。

そして、会話があった。握手、抱擁、涙があった。

戦後徹底してアメリカを避けて生きてきた方の言葉。
「やっぱり同じ人間なんだな、と思ったよ。来て良かった。」
とバドワイザーを飲んでいた。

冥土の土産にすると言っていた方の言葉。
「冥土の土産どころじゃない。仲間のためにももっと生きなければ。」

撃沈した戦艦に乗っていたアメリカ人の言葉。
「あの頃のことは絶対忘れることはない。しかし許し合うことができる。」

試合の翌日亡くなったアメリカ人がいた。
「何もかもが最高だった」と帰宅して家族に何回も言って、
ソファーに横たわったまま、静かに眠り、そして起きることはなかった。

私の祖父は神風ではないが、零戦乗りだった。
相手の戦闘機を撃墜し、無事帰還したときのこと。

「敵機撃墜し、当方問題ありません!」と報告し、
後ろを振り返ったときだった。

祖父の腰のあたりから血が流れていた。
「なんだ、その血は」との上官の質問に、
祖父は正直に「敵機の破片が当たったようです。」と答えた。

上官は激怒し、「問題なしと言ったではないか!」と
棍棒で死ぬほど殴られたという。

祖父はこの話を私が小学生の時になぜかディズニーランドで、
ビッグサンダーマウンテンの乗り物待ちの時にしてくれた。

僕は子供心に「だから日本は負けたんだ・・・」と思った。
見知らぬ上官を憎んだ。


番組の中で、ある方がおっしゃっていた。
「あの頃の話をしても、最近は誰も聞ぃちゃくれんけんね・・・」

そんなことはない。ここにいます。
ほかにも沢山いる。話してください。戦争の時の話を。
絶対に同じ悲惨さを繰り返さないためにも。

マスコミに色づけされず、ありのままそのままの話をもっと聞きたい。

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2008年2月15日 (金)

儀式

我が家では2月14日に特別な儀式がある。

1)まず、妻が素敵なチョコレートを「はい、これ」と私に渡す。

2)私は正座をし、「ありがとうございます」と言って、
 丁重に受け取り、丁重に袋を開ける。

3)私は「とてもおいしそうなチョコレートですね。」と述べ、
 3分の1を食べ、「とても美味しいです」と笑顔で言う。
 そして、残りの3分の2を妻に返却する。

4)彼女は「ほんま、うまいな」と言って、
 残りの全てを食べる。

以上、このような儀式だ。

経験上、最初は違和感があったが、
彼女が言うには、出身地の愛知県では
そういうしきたりなのだそうである。

香川ではそうではなかったのだが、
特別チョコが好きなわけでもないので、
そのしきたりを尊重している。

「愛知県ではチョコレートにも味噌をつけて食べるのですか?」
という質問を投げかけたが、
彼女はTVに夢中のふりをして、返答は無かった。

おそらく恥ずかしくて、答えられなかったのだろう。
本当は赤味噌をつけたいのだろう。

ちなみに香川県民の名誉のために言っておくが、
香川にチョコレートうどんというものはない。

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2008年1月22日 (火)

ぼんやり見る

いろいろな分野が細分化されて、
かつ、その一つ一つが難しくなってきた時代。
また厄介なのがそれらが複雑に絡み合っている。

私は、最近世の中をあえて「ぼんやり」見るようにしている。

そうしてみていると、どうでもいいニュース、
重要なニュースの判別が早くなる。

木を見て森を見ず、ではなく、
葉を見て森を見ず、になっている時代。

プロフェッショナル、もいいが、
ゼネラリストが不足していく時代でもある。

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2008年1月 7日 (月)

誰の言葉だったかな・・・

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2008年1月 2日 (水)

謹賀新年

謹賀新年

元旦は大雪。

こんなに降ったのは久しぶり。

初詣はそっちのけ、嫁と妹弟とで鎌倉作りに挑戦。

小さいなりにできました。
ブログで自分達の写った写真を載せるのは初。
(左が私、右が嫁)

あけましておめでとうございますの意味を込めて。

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2007年12月30日 (日)

手書き

例年、年賀状はできるだけ手書きする。

具体的には、背景や写真などをちょこっとパソコンで印刷して、
送り先の方に合った挨拶を手書きする。

また宛名は必ず毛筆にしている。

このころになって苦しむのが、
年を追う毎に字が汚くなっているのを実感することだ。

字を書くことが本当に少なくなった。

イコール、自分の微妙な感情の揺れや調子が、
活字では、なかなか後になって分からないということだ。

手で書くことは考えることだと思っている。

だから私は、仕事するとき、
まず企画書などのラフスケッチを鉛筆で書いてから、
パソコン(ワードやエクセル)で清書する。

司馬遼太郎や、松本清張の生原稿を見たことがあるが、
推敲の跡や、思考の転換などが残っていて非常に興味深い。

小学校などではパソコンを教えたりしているそうだが、
まずは字を書く、ということをしっかり教えたい。

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2007年12月23日 (日)

2007年を振り返る(其の一)

こんな時期もありました。

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私はここ半年していません。

他の方はやっているんだろうか・・・。

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2007年12月21日 (金)

喜んで

神や仏は喜びや楽しみを与えてくれると同時に、
苦しみ哀しみを与えてくれる。

喜んでその苦しみを受けようではないか。

その先にきっと光が待っている。

それが自分を信じるということだ。

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2007年11月30日 (金)

二人の謝罪

11月30日、世間を賑わせた二人の謝罪会見があった。

朝青龍関と亀田大毅くん。
(会見内容詳細はニュースを見てください。)


朝青龍関も大毅くんも、好きでも嫌いでもないけれども、
私はちょっと意地悪にNHKとTBSという構図で見た。
差が出たなぁ。

私は昔からマスコミを信用しないけれども、
今回の朝青龍の素直な謝罪会見については、
少なくとも公共放送としてのNHKの矜恃を垣間見たと思う。

TBSはもう終わっていると思う。
(オウムの坂本弁護士事件以来、全く信用していないが)

以上、過激発言でした。

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2007年10月 2日 (火)

最近の日課

毎日、会社から帰ると一番に行う日課がある。

腕時計の洗浄だ。

結婚祝いにと、先日結婚式に祖父母から
ROLEXの時計を貰った。

過去に書いたように祖父は既に亡くなっているのだが、
現役時代は刑事で、頑丈なROLEXの時計をしていた。

後で聞いたことだが、
私が結婚するときにはROLEXをプレゼントするんだ、と言っていたようで、
祖母がその意を汲んで、購入してくれた。

お祝い金をすでにいただいていたので、
結婚式当日になって祖母から、「はいプレゼント。」と紙袋を渡され、
ホテルに帰って開けたときは本当に驚き、
その高級感に、一瞬「うわっ!」と飛び上がってベッドに倒れたほどだ。
(また、妻にはショーメのダイヤペンダントが。)

でも、30歳でROLEXのダイヤ文字盤はまだ早いよ、おじいちゃん。。。
輝きが凄くて、周りの、上司の視線が痛いよ。。。
(今までシンプルなOrient starをしてた私。)

と思いながらもON・OFF問わず、毎日着けている。
もう今後、自分に時計を買うことはないだろう。

大切にしてくれた祖父母と常につながっている気がして、
辛いこと、しんどいことがあってもこれを見ると元気が出てくる。

私も孫にプレゼントしたいなぁ。

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2007年9月27日 (木)

since1977

30年前の今日、私は慈愛溢れる母の体から出てきた。

中秋の名月の夜に生まれ、
中秋の名月の夜に30歳を迎えた。

今日は月があまりに美しい。
神は最高の贈り物を下さった。

日付が今日に変わる時に聴いていたのは音楽の母ヘンデル。
アナログレコードで聴く、美しい旋律。

30年、10956日、生きてこられたことにただただ感謝。


いろいろな困難があったけど、

周りに支えられ、自然に癒され、先祖や神に護られ、

生きてこられた。生かされてきた。


20歳の時にはこんな感傷的になることはなかった。
それから10年、私は確実に成長しているのだろう、と思う。

そして10年後、私はどうなっているのだろう。

大きな夢はないけれど、

今私の目の前にあるのは希望、ひたすら眩しい光。

不安はない。なぜだろう。

私は強くなったのか。


全てのものへ、

ありがとう。


そしてユキコ、ありがとう。本当にありがとう。

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2007年3月27日 (火)

経過報告的なもの

しばらくぶりの更新。


最近、抗うつ剤を変えた。

うつ病と診断された当初から1年半、
よくもなり悪くもなりという波を繰り返しながら
ずっと飲んできた薬と別れ、
「君にはこっちのほうがいいんじゃないかな。」と新しい薬を処方された。
(今までお世話になった医院が潰れ、転院したのも理由のひとつだが。)

軽い副作用はあったが、飲み始めてから1ヶ月たって
目に見えて効果が現れてきた。

頭の中の靄のようなものが薄れてきて、
体のだるさが軽くなってきた。

ものごとを悪いほうへ悪いほうへと考えることも、
少なくなったような気がする。

このブログにしても、「なにかいいことをかかねば・・」
というプレッシャーからしばらく何もかけないでいたのだが、
それもなくなり、こうやって普通のことを書けるようになった。

しばらくの間、つまらない日記でも気軽に書いていこうと思う。

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2007年1月31日 (水)

新しい巣

20070131075808


7階の自宅のベランダからこの景色を楽しんでいる。

2ヶ月前に府内の鶏小屋からこの公団住宅に越してきた。

今は自宅に帰るのが楽しい。


夜にウィスキーを傾けながら夜景を楽しむもよし、

洗濯物を干しながら眼下に海を眺めるもよし。

入籍までの2ヶ月間のバタバタをなんとか乗り越えることができた。

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2006年11月17日 (金)

イチョウ

会社を終えて、久しぶりに淀屋橋から難波まで御堂筋を歩いた。
距離にして3キロぐらいあるだろうか。

どれぐらいぶりだろう、と思って手帳をめくると9ヶ月ぶりだった。
そうだ、あのころは休職明けで調子がよかったんだ。

体が動いて、働くことの楽しさを噛みしめていた頃だ。
うれしくて、いろいろなものに触れたくて、
芽吹き始めたイチョウを見ながら御堂筋を歩いていた。

歩きながら、そのうれしさを誰かに伝えたくて、
母に「働けるって幸せやなぁ」ってメールしたのを思い出した。


それからちょっとして、薬を減らすことに失敗し、半年以上苦しんだ。


そうか、ようやくあの頃に戻れたんだな。

あの頃のまぶしく芽吹いていたイチョウは、
今日見ると落ち着いた美しい黄色になっていた。

最近はいろいろな面で調子が戻っていることを実感できていて、うれしい。

今日は職場で久しぶりに声を出して笑った。
なにが可笑しかったのか、もう思い出せないが、
自分がそんなに笑えるようになったことがうれしかった。

もう同じ失敗はしない。

歩きながら、たくさんのもの、たくさんの人に感謝した。
感謝できるって、それだけで幸せな