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2008年6月 8日 (日)

努力をしたいと初めて思った

秋葉原の通り魔事件。

悲しすぎる。
 
 
そして、身の引き締まる思いがする。
 
今月からベビーシッター派遣会社に勤め始めたことはすでに書いた。
 
一昨日、トラブルが発生した。
 
機密の保護、個人情報の保護のため
詳しくは書けないことをご了承いただきたい。
 
あるお客様に、お子様の塾への送迎の仕事を頼まれた。
長いお付き合いのあるお客様。
また塾への送迎も初めてではない。
 
しかし、そのときの塾はいつもの塾ではなかった。
 
ベビーシッターがいつもの塾に行くと、お子様がいない。
 
至急本部にその旨の連絡が入る。
 
お客様に連絡を取ると、いつもの塾ではない、
そのことは伝えたはずだと。
 
気の緩み、思い込みで、本部の人間が、
何も考えずにシッターをいつもの塾にやってしまったのだ。
 
詳細な経緯は書けないが、お子様は無事だった。
 
 
しかし
 
 
こう書くとまだ新入の私が生意気で嫌だが、
 
会社諸先輩の対応・認識の甘さに対する怒りと情けなさと、
計り知れない子供の孤独と親の心配を想像して、
仕事中なのに涙をこらえ切れなかった。

私は新入なので、行動を許されていない。
下手な行動はさらに問題を大きくする。
だから何もできないことにももどかしかった。


社長が一人で気を吐いている。
「もしこの間に子供が殺されていたら、お前らも責任を取って死ねよ!!」
「俺が親ならこんな会社には子供を預けない!」

おっしゃるとおりだ。


そして自分のやらなければいけないことが沢山あることを感じた。
神は私に、大切な役割を与え下さった。

世のため、人のために働く場を与えてくださった。

自分のために働く人間は伸びない。
自分が満足したらそれで終わるから。
そしていざとなったら諦めることができるから。

世のため、人のために働く人間は、
それを裏切ることができないから、絶対に諦めない。

私は努力をしない、できない人間だった。
それがコンプレックスだった。

小さい頃から知能指数が抜きん出ていたので、
「やればできるんだからやれ」と皆から言われていた。
(具体的なIQは知らされていない。)

だから、「いざとなったら、やればできるんだから、今はやらない。」
という、最悪な人間となった。

しかし、産まれて初めて努力をしたいと思った。
人生で初めてスタートラインに立った気がする。

何をするにも遅すぎることはない。

自殺を考えている若者たちよ、とにかく生きなさい。
絶対に生きててよかったと思えるときが来る!!

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コメント

やりがいのある仕事に出会えてよかったですね。

「いざとなったら、やればできるんだから、今はやらない。」ちょっとわかる気がします。

全力を尽くさなくてもそつなくできちゃうんですよね・・・うらやましい才能よ。
私は、そういう子に自分の子を育てたいと思っています。

すべてに全力疾走するのは大変、ここぞって時に力を出せて、後は力を抜いて、世の中渡っていって欲しい。

投稿: まみぴょん | 2008年6月 9日 (月) 06:31

>まみぴょんさん

「いざとなったら、やればできるんだから、今はやらない。」
という人間には神様は必ず試練を与えてくれます。
(私は真言宗ですが…)

そつなくできるから、失敗を高確率で避けることができる。
失敗しても対応がそつなくできる。

しかし時にはとんでもないトラブルに巻き込まれるときがあります。
ホンマ色んな失敗をふりかけてくれます。

だから頑張らずにはいられない状況になります。

でも努力を知らないから経験がない。
結果、ものすごくしんどい。
で、自分を含め、なにもかも放り出したくなる。
そつなくこなせない程の大切なときに。

だから、危険と隣り合わせなんです。

いい意味で、いざとなるときに頼りになって、
普段は力を抜いて、という風になるには、
やはり努力が必要なんだな、と思いました。

力を抜いていい場所を経験から知っているのですから。
でも生まれもってその才能があるのなら、努力は要らないですが、
私はさすがにそこまでの才能はないようです(泣

投稿: 堕教祖 | 2008年6月 9日 (月) 15:14

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